2024年4月29日

リプシッツ連続とバナッハの不動点定理(Metric Space)

※私は数学者ではありません。自分用のまとめとしてこれを書いています。楽しむ範囲でご覧いただければ幸いです。内容の正確性については専門家のサイトや動画、あるいは専門書で必ず確認をお願いします。


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今回はリプシッツ連続とバナッハ=ピカールの不動点定理に触れます。これらのトピックスはとても高度ですので、詳細は専門家の動画やサイト、著作等をご覧いただければと思います。ここでは文系の "だいたい" で不動点の物語をお話しします。


リプシッツ連続
距離空間$(X, d)$のすべての要素 $x_1, x_2$ について次が成り立つ写像 $f:X\rightarrow X$ をリプシッツ連続(Lipschitz continuity)といいます。
 
$$d(f(x_1), f(x_2))\leq K\cdot d(x_1, x_2)$$

ここで$K$は非負の値をとる係数です。この係数は様々な値を取り得ますが、そのうち最小の値をリプシッツ定数といいます。この定数を$K_*$と表記しましょう。$K_*<1$のとき、$f(x_1)$と$f(x_2)$の距離が徐々に縮まります。それで、縮小写像(contraction mapping)といいます。


バナッハ=ピカールの不動点定理
完備な距離空間から1点を取り出し、得られた像が入力した点と同じである、すなわち

$$f(x^*)=x^*$$

であるような点 $x^*$を不動点(fixed point)といいます。バナッハ=ピカールの不動点定理(Banach-Picard fixed point theorem)は、不動点が得られる条件と不動点の一意性を次のように示したものです。

完備な距離空間$(X, d)$の写像 $f:X\rightarrow X$ が縮小写像であるとき、この写像の不動点 $x^*$はただひとつ存在する

まず、不動点が得られる条件として、写像が縮小写像であることを指定しています。これは上で説明しましたので繰り返しませんが、縮小写像であることは、距離が徐々に縮まる基礎的な条件です。

不動点が得られるもうひとつの条件として、完備な距離空間を指定しています。完備とは、距離の測定値が必ず見つかるということです。距離を測ろうにも、その値が距離空間の中になければどうしようもありません。空間内には、穴が1つたりともあってはいけません。あらゆる測定値を返せなければなりません。


J.M.ケインズは、その主著『雇用、利子及び貨幣の一般理論』の第23章第5節脚注3に、J. ベンサム "Defence of Usury"の一節を引用しています。Curtuisの沼として知られている一節です。

技芸の轍、すなわち発起人の足跡が刻まれた偉大な道のりは、クルティウスを飲み込んだような裂け目が無数にある広大な、そしておそらくは無辺の地平として考えられるかもしれない。裂け目が閉じるためには、その裂け目に落ちる勇者の犠牲がそれぞれの〔裂け目〕に要求されるが、いったんそれが閉じれば二度と開くことはない。それで、後からやってくる人たちにとって、その道のりははるかに安全になる。(訳文は筆者)


無数の開拓者の失敗によって陥穽が塞がれてはじめて、事業は安全になる、という文脈です。同様に、有理数にある穴すべてが無数の無理数によって完全に塞がれてはじめて、点列は安心して不動点に向かえます。


そしてもうひとつ、とてつもなく重要なのが不動点の一意性です。これをたとえると、集合という宇宙のどこから出発しても、ただひとつの点に行き着くということです。宇宙のすべてを引き寄せる、この上なく強力なブラックホールが宇宙にひとつだけある。フランスの詩人ラ・フォンテーヌは「すべての道はローマに通ず」という名言を遺しましたが、まさにそんな感じです。

宇宙のどこから出発しても答えはひとつというのはいかにも西洋的な、デカルト的な発想ではありますが、不動点定理が強力無比なツールであることは誰も否定できないでしょう。


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証明のスケッチ
バナッハ=ピカールの不動点定理の証明をスケッチします。詳細は専門書をご覧ください。まず、縮小写像を逐次的に巻き戻してみます。リプシッツ連続の不等式の$x_1$を$x_3$に、$x_2$を$x_4$に置き換えると

$$d(f(x_3), f(x_4))\leq K_*\cdot d(x_3, x_4)$$

ここで左辺の$f(x_3)$に注目します。$x_3=f(x_2)$と$x_2=f(x_1)$を逐次入れ子(マトリョーシカ:🪆)状に代入すると、$f$ の三重の合成関数になります。

$$f(x_3)=f(f(x_2))=f(f(f(x_1)))$$

これを$f\circ f\circ f\equiv f^3$と表記すると

$$f(x_3)=f^2(x_2)=f^3(x_1)$$

同様に$f(x_4)=f^4(x_1)$となります。これらを左辺に代入すると

$$d(f^3(x_1), f^4(x_1))\leq K_*\cdot d(x_3, x_4)$$

つづいて右辺に注目します。$x_3=f(x_2)$、$x_4=f(x_3)$を代入すると

$$d(f^3(x_1), f^4(x_1))\leq K_*\cdot d(f(x_2), f(x_3))$$

$d(f(x_2), f(x_3))\leq K_*\cdot d(x_2, x_3)$だから

$$d(f^3(x_1), f^4(x_1))\leq K_*\cdot d(f(x_2), f(x_3))\leq K_*\cdot K_*\cdot d(x_2, x_3)$$

この作業を再度繰り返し、最左辺と最右辺の不等式だけ残して書くと

$$d(f^3(x_1), f^4(x_1))\leq K_*\cdot K_*\cdot K_*\cdot d(x_1, x_2)$$

$x_2=f(x_1)$を代入すると

$$d(f^3(x_1), f^4(x_1))\leq K_*^3 d(x_1, f(x_1))$$

これで、すべての写像の入力が点列の1つめの点$x_1$になりました。ここで3を $j$ に一般化すると

$$d(f^j(x_1), f^{j+1}(x_1))\leq K_*^j d(x_1, f(x_1))$$

現状、2点は$j$ 番目と $j+1$ 番目でとなりあっていますが、2つめの点を1つ先に進め、$j+2$番目の点に変えます。すると

$$d(f^j(x_1), f^{j+2}(x_1))\leq K_*^j d(x_1, f(x_1))+K_*^{j+1}d(x_1, f(x_1))$$

2つめの点をもっと先の $k+1$ 番目まで進めると

$$d(f^j(x_1), f^{k+1}(x_1))\leq K_*^j d(x_1, f(x_1))+K_*^{j+1}d(x_1, f(x_1))+…+K_*^{k-1}d(x_1, f(x_1))+K_*^{k}d(x_1, f(x_1))$$

$$d(f^j(x_1), f^{k+1}(x_1))\leq K_*^j\sum_{i=1}^{k-j}K^{i-1}d(x_1, f(x_1))$$

$k$ が無限大に向かうと

$$d(f^j(x_1), f^{\infty}(x_1))\leq K_*^j\sum_{i=1}^{\infty}K^{i-1}d(x_1, f(x_1))$$

$$d(f^j(x_1), f^{\infty}(x_1))\leq K_*^j\frac{d(x_1, f(x_1))}{1-K}$$

$j$ が無限大に向かうと、$0\leq K_*<1$より$K_*^j$は0に向かうので、右辺は0に収束します(コーシー列)。この結果を式にすると

$$d(f^{\infty}(x_1), f^{\infty}(x_1))\leq0$$

$x_1$から始まる点列の行き着く先は$f^{\infty}(x_1)$で、ここから全く動かなくなることがわかりました。不動点を$x^*$とおくと

$$f^{\infty}(x_1)=f(x^*)=x^*$$

最後に一意性を示します。不動点が2つあると仮定し、これを否定する背理法です。$x^*$の他に$x'$というもうひとつの不動点があるとします。これら2点の距離とそれぞれの不動点を導く写像の距離は等しいので

$$d(x^*, x')=d(f(x^*), f(x'))$$

リプシッツ連続の不等式を右につけると

$$d(x^*, x')=d(f(x^*), f(x'))\leq K d(x^*, x')$$

真ん中を除き、最左辺と最右辺の不等式にして変形すると

$$d(x^*, x')\leq K d(x^*, x')$$

$$(1-K)d(x^*, x')\leq 0$$

$0<1-K<1$より、この不等式が成り立つのは$d(x^*, x')=0$のときだけであることがわかります。よって

$$x^*=x'$$

不動点の一意性が示されました。$\Box$