※私は数学者ではありません。自分用のまとめとしてこれを書いています。楽しむ範囲でご覧いただければ幸いです。内容の正確性については専門家のサイトや動画、あるいは専門書で必ず確認をお願いします。
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要素(element)の集まりを集合(set)といいます。たとえば
$$\{1, 2, 3\}$$
という3つの数の集まりは集合です。要素は元(げん)ともいいます。1は上の集合の元です。下のメニュー表も、要素の集まりですので集合です。
$$\{カレー, 天丼, ラーメン\}$$
集合と集合の関係を考えることができます。食券を買って入る食堂を例にしましょう。発券機の1を押すとカレーの食券、2を押すと天丼の食券、3を押すとラーメンの食券が出てきます。これを数の集合からメニューの集合への対応関係とみるとき、写像(mapping)といいます。
写像の出所となる集合を始域または定義域(domain)、行先となる集合を終域(codomain)といいます。写像の出所を定義域としたときの行先を値域(range)または像(image)といいます。一般に、定義域 $X$から値域$Y$への写像 $f$ を次のように書きます。
$$f:X\rightarrow Y$$
$X$の要素 $x$ から$Y$の要素 $y$ への関係に注目するとき、次のように書きます。
$$y=f(x)$$
集合と集合の対応関係 $f$ を写像と言うには、いくつかの条件があります。1つは、定義域のすべての要素に行先があるということです。ボタンを押しても食券が出てこなければ、それは発券機とは言えません。
もう1つは、定義域のすべての要素の行先が1つであることです。1のボタンを押したとき、カレーの券と天丼の券、2枚出てくるような発券機は故障しています。1のボタンを押したとき、出てくる食券は1枚でなければなりません。(ここでは、多価関数を考えないということです。)
定義域のすべての要素の行先が値域の別々の要素であるとき、単射(injective)といいます。上の例の $f$ は、1からカレーへ、2から天丼へ、3からラーメンへというように別々の要素への写像ですので単射です。
写像を逆にたどって、値域のすべての要素に対応する定義域の要素があるとき、全射(surjective)といいます。カレーを逆にたどると1、天丼を逆にたどると2、ラーメンを逆にたどると3です。値域のすべての要素に対応する定義域の要素がありますので、$f$ は全射です。
$f$ のように、単射と全射の性質をあわせ持つ写像を全単射(bijective)といいます。全単射は「逆写像が存在する」とも表現します。上の例で逆写像とは、写像 $f$ で数の集合からメニューの集合へ像を写したものを、数の集合に戻す作業にあたります。一般に、値域 $Y$ から定義域 $X$ への逆写像 $f^{-1}$ を次のように書きます。
$$f^{-1}:Y\rightarrow X$$
$Y$の要素 $y$ から$X$の要素 $x$ への関係に注目するとき、次のように書きます。
$$x=f^{-1}(y)$$
逆写像が存在するとき、値域に写した像から定義域のもとの要素に戻ってきます。上の例では「1を押すとカレーの食券が出る、カレーの食券が欲しければ1を押す」という関係です。
$1\stackrel{f}{\mapsto}カレー\stackrel{f^{-1}}{\mapsto}1$
$2\stackrel{f}{\mapsto}天丼\stackrel{f^{-1}}{\mapsto}2$
$3\stackrel{f}{\mapsto}ラーメン\stackrel{f^{-1}}{\mapsto}3$
こうした関係にある写像(ここでは $f^{-1}\circ f$)を恒等写像(identity map)といいます。「全単射が存在する」「逆写像が存在する」「恒等写像が存在する」は、同じことを異なる言葉で表したものです。集合$A$から集合$B$への単射があり、かつ集合$B$から集合$A$への単射があるとき、全単射が存在します(ベルンシュタインの定理)。
集合にこうした関係があるとき、集合の濃度は等しいといいます。上の例では、数の集合の要素は3つ、メニューの集合の要素も3つですので、集合の濃度は明らかに等しいです。