※私は数学者ではありません。自分用のまとめとしてこれを書いています。楽しむ範囲でご覧いただければ幸いです。内容の正確性については専門家のサイトや動画、専門書等で必ず確認をお願いします。
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前回、連結と伸縮でベクトル(矢印)を表現しました。1つめのベクトルの終点に2つめのベクトルの始点をくっつける作業を和、標準基底の伸縮をスカラー倍とすると、線形代数は和とスカラー倍で世界のすべてを記述しようという大胆な試みになります。壮大なスケールですね。
※行列の掛け算に不案内な人は、動画シリーズ「エクセルで学ぶ はじめての統計」第8回をご覧ください。こちらをクリックすると動画が見られます。
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今回は、原点を始点とするベクトル(矢印)を回転させる不思議な表を紹介します。$x$ 軸の標準基底
$$\begin{pmatrix}1 \\ 0\end{pmatrix}$$
を例に考えましょう。このベクトルに、不思議な2×2の表 $R$
$$R=\begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} & -\frac{1}{2} \\ \frac{1}{2} & \frac{\sqrt{3}}{2} \end{pmatrix}$$
を掛けてみます。
$$\begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} & -\frac{1}{2} \\ \frac{1}{2} & \frac{\sqrt{3}}{2} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 \\ 0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} \\ \frac{1}{2}\end{pmatrix}$$
右辺の上下の要素は、それぞれ左辺の次のような掛け算の結果です。
$$\frac{\sqrt{3}}{2}\times 1+\left(-\frac{1}{2}\right)\times 0=\frac{\sqrt{3}}{2}$$
$$\frac{1}{2}\times 1+\frac{\sqrt{3}}{2}\times 0=\frac{1}{2}$$
上の式は、2×2の表の上段の2つの数字を順に基底の要素に掛けて足しています。下の式は、2×2の表の下段の2つの数字を順に基底の要素に掛けて足しています。掛けて足していますので、これを積和といいます。
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計算の結果得られたベクトル(右辺)の上段の要素 $\frac{\sqrt{3}}{2}$ はcos 30°の値であり、下段の要素 $\frac{1}{2}$ はsin30°の値です。cosは $x$ 軸の座標の回転を表し、sinは $y$ 軸の座標の回転を表しますので、2×2の表 $R$ は $x$ 軸の標準基底を反時計回りに30°回転させる働きを持つことがわかります。それで、表 $R$ を回転行列といいます。私たちがiPadの画面に表示された図形を30°回転させるとき、この行列がiPadの中で働いています。
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30°回転させたベクトル
$$\begin{pmatrix}\frac{\sqrt{3}}{2} \\ \frac{1}{2}\end{pmatrix}$$
を、再度30°回転させてみます。
$$\begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} & -\frac{1}{2} \\ \frac{1}{2} & \frac{\sqrt{3}}{2} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} \\ \frac{1}{2}\end{pmatrix}=\begin{pmatrix} \frac{1}{2} \\ \frac{\sqrt{3}}{2}\end{pmatrix}$$
回転後のベクトルを表す右辺の上段の要素はcos60°の値($\frac{1}{2}$)に、下段の要素はsin60°の値($\frac{\sqrt{3}}{2}$)になりました。30°の回転を2回ほどこすと $x$ 軸の標準基底は60°回転します。さらに30°回転させると
$$\begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} & -\frac{1}{2} \\ \frac{1}{2} & \frac{\sqrt{3}}{2} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \frac{1}{2} \\ \frac{\sqrt{3}}{2}\end{pmatrix}=\begin{pmatrix} 0 \\ 1 \end{pmatrix}$$
回転後のベクトルを表す右辺の上段の要素はcos90°の値(0)、下段の要素はsin90°の値(1)になりました。30°の回転を3回ほどこすと $x$ 軸の標準基底は90°回転します。
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$x$ 軸の標準基底に30°の回転を3回ほどこすと $y$ 軸の標準基底にぴったり重なります。回転行列 $R$ をふつうの数に見立てて、3回掛けることを3乗で表記すると、次のようになります。
$$\begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} & -\frac{1}{2} \\ \frac{1}{2} & \frac{\sqrt{3}}{2} \end{pmatrix} ^3 \begin{pmatrix} 1 \\ 0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix} 0 \\ 1 \end{pmatrix}$$
一般に、回転行列は $\cos\theta$ と $\sin\theta$ を用いて次のように表記されます。
$$\begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}$$
この行列の $n$ 乗は、各要素の角度 $\theta$ を $n$ 倍したものになります。
$$\begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}^n=\begin{pmatrix} \cos n\theta & -\sin n\theta \\ \sin n\theta & \cos n\theta \end{pmatrix}$$
積($n$ 回掛ける)が和($n$ 回足す)になるのは面白いです。実際、回転行列は虚数単位 $i$ を用いて次のように表現できます。左の3つは横軸を実軸、縦軸を虚軸としたときの表現、右の行列は実数平面上の表現です。実数平面の回転行列が複素平面の回転ベクトルに等しいというのは、とても不思議ですね…
$$e^{i n\theta}=\cos n\theta+i\sin n\theta=(\cos\theta+i\sin\theta)^n=\begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}^n$$
(ド・モアブルの定理)
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ベクトルを回転させる働きを持つ行列を回転行列といいます。回転行列はiPadにもコンピューターグラフィックスにも応用される重要なツールです。