※私は数学者ではありません。自分用のまとめとしてこれを書いています。楽しむ範囲でご覧いただければ幸いです。内容の正確性については専門家のサイトや動画、あるいは専門書で必ず確認をお願いします。
* * *
複雑な形をしたグラフを近似するツールが単関数(simple function)です。これは、グラフを横棒で近似するものです。まずはこちらの図とかこちらの図をご覧ください。単関数のおおまかなイメージが持てると思います。
原啓介『測度・確率・ルベーグ積分』講談社 は多くの人が手に取る専門書です。このp.43に「ルベーグ積分を定義する戦略は、単関数に対して積分を定義しておいて、一般の関数については単関数による近似の極限で積分を定義することである」とあります。ルベーグ積分の導入のしかたにはさまざまあると思いますが、「なるほど、そうか!」と私の心に最も響いたのはこの一文でした。
* * *
単関数
では、単関数の定義域と値域を定義しましょう。次のように、互いに素な$J$個の部分集合に分割できる集合$E$を定義域とします。$E$は全体集合$X$の部分集合とします。
$$E=E_1\cup E_2\cup E_3\cup…\cup E_J$$
すべての$j\neq k$について$E_j\cap E_k=\varnothing$です。そして、次のような$J$個の値からなる集合を値域とします。
$$\{a_1, a_2, a_3, …, a_J\}$$
すべての $j$ について$a_j<a_{j+1}$であり、$0\leq a_j\leq\infty$とします。このとき、単関数とは
$$\phi(x)=a_1m(E_1)+a_2m(E_2)+a_3m(E_3)+…+a_Jm(E_J)$$
つまり
$$\phi(x)=\sum_{j=1}^J a_jm(E_j)$$
ここで、$m(E_j)$は$x\in E_j$のとき1、$x\notin E_j$のとき0をとる定義関数(indicator function)です。$\phi(x)$は$x\in E_j$であるときにだけ$a_j$の値をとり、$x\in E_k$であるときにだけ$a_k$の値をとります。つまり、$\phi$は定義域の部分と値域の値が対応する関数だということです。
このように定義される$\phi$は横棒が階段状につづくグラフになることから階段関数(step function)ともいいます。この不思議な関数を用いて、ルベーグは新たな積分(面積の求め方)を提案しました。
ルベーグ積分
ボレル集合族$\mathcal{B}$の部分集合$E$上の非負関数$f(E)$についてルベーグ積分を定義しましょう。
$$\int f d\mu=\lim_{J\rightarrow\infty}\sum_{j=1}^J a_j\mu(E_j)$$
左辺はルベーグ積分の記法であり、右辺は左辺の意味を表しています。右辺の$\mu$の中にある$E_j$は$E_j=f^{-1}(\{a_j\})$です。これは関数$f$の逆像です(引き戻し)。値域の値を$a_j$としたとき、その入力元となる定義域の値が$f^{-1}(\{a_j\})$です。私たちになじみのある言葉にすると「$x$の値」になります。
したがって、$\mu(f^{-1}(\{a_j\}))$は「$x$の値」の測度です。この測度を横の長さとして、縦の長さを対応する$a_j$としたとき、長方形ができます。この長方形の面積を各 $j$ について計算し、$J$個足し合わせるというのが $\sum$です。これにより「関数$f(x)$の下の面積」を、さまざまな高さと幅の長方形の面積の合計によって近似できます。
そして、値域の分割を限りなく細かくしてゆくと、「関数$f(x)$の下の面積」と無数の長方形の面積の合計がぴったり一致します。これが $\lim_{J\rightarrow\infty}$です。このように積分しよう、というのがルベーグ積分です。
定義域のうち、変なところを可測であるが測度0と評価することによって(正の測度を持つ部分集合と零集合に分割して)考慮外とし、お行儀のよいところだけ(正の測度を持つ部分集合だけ)値を与える($a_j$と掛け合わせる)ことで「お行儀のよい長方形」を作り、それを足し合わせて面積としようというのがルベーグの考えです。
* * *
全体を極小の部分に分割し、全体を鮮やかに再構成する作法はフランスの根底を流れる思想だと感じます。カトリック教会のステンドグラスを通じで床に降り注ぐ光は、まさに関数の逆像です。
ルベーグより少し早く生まれた経済学者のワルラス(1834-1910)は極小無数の消費者と生産者が出会う場としての市場を分析しました。また画家のスーラ(1859-1891)は、点描の技法を確立しました。1875年生まれのルベーグは、こうした知的空気感の中で着想を得たのかもしれません…
* * *
ルベーグ積分の存在
この積分が存在することは、関数$f(x)$を上下から単関数で挟み込むことによって確認できます。関数$f(x)$を上から抑える単関数を上積分といいます。上積分$\int^* f d\mu$は
$$\int^* f d\mu=\inf\left\{\int gd\mu | f\leq g すべての x\in E\right\}$$
そして、下積分$\int_* f d\mu$は
$$\int_* f d\mu=\sup\left\{\int gd\mu | f\geq g すべての x\in E\right\}$$
上2式の$\int gd\mu$は非負の値をとる単関数です。上積分=下積分のとき、ルベーグ積分の値が存在します。そして、その値が無限大に発散しないとき($\mathbb{R}_+$に収まるとき)、積分可能(可積分)といいます。
* * *
このような話をするために、測度、可測集合、可測関数、正則、σ加法族、ボレル集合など細かい道具立てをそろえる必要があります。ここまで来ると、「ああ、このためだったのか」という感じになるのではないでしょうか。ボレル集合を知るためには、位相の知識が必要ですね… また少しずつ学んでみたいと思います。