2025年2月24日

数学の学びかた(自作カリキュラム)

※私は数学者ではありません。自分用のまとめとしてこれを書いています。楽しむ範囲でご覧いただければ幸いです。内容の正確性については専門家のサイトや動画、専門書等で必ず確認をお願いします。


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今回は少し趣向を変えて、数学の学びかたについて書きます。私は数学者ではないので、「こんなふうに教えてもらえたら、もう少し前向きに学べていたかな…」という感じのことを書きます。


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ある先生の論考を拝見しまして、昨今は大学の教育も大変だなと感じました(意見ではないです…)。ただ、大学入学まで「考えないこと」を教えられてきた学生さんに、突然「考えなさい」と言ってもなかなか難しいと思います(論考に登場する学生さんは、少なくとも私より数学の知識が豊富で素養があると思います)。

高校のカリキュラムには、あまりに多くの分野が詰め込まれています。2022年度以降のカリキュラムでは、学期ごとなのでしょうか、6つも科目があります。

  • 数学Ⅰ:数、式、2次関数、データ分析など
  • 数学A:図形、場合の数、確率など
  • 数学Ⅱ:方程式、指数、対数、三角関数など
  • 数学B:数列、推測統計、社会への応用など
  • 数学Ⅲ:極限、微分、積分など
  • 数学C:ベクトル、複素平面など

大学数学の見地からみると、高校の3年間でこれらすべてをカバーするのは明らかに不可能です。統計学ぽいものまで入っています。このカリキュラムでは、理学部数学科の学生でもパンクしてしまうのではないでしょうか…

こちらに小学校からの学びチャートがありますが、これも複雑です。これだけ複雑なカリキュラムをこなしながら、来し方行く末に想いを馳せるのは、大人でも大変です。

このカリキュラムをこなせるのは、考えるのをやめ、解法をパズル化して暗記する人だけだと思います。そういう人に限って計算能力を数学の素養と勘違いして理学部に進学し、大変な思いをするのではないでしょうか。このカリキュラムで学ばせておいて「数学嫌いが減らない」と言われても当然です。数学がわからない人が文系に進むといわれますが、むしろ「難し過ぎて数学を諦めた」という生徒のほうが数学を深く理解しているようにすら感じます。

高校の数学の先生も大変だと思います。素養・理解・意欲の差が大きい生徒たちを前に、とてつもなく多くの概念を総花的にごくわずか触れるだけ、あとは大学入試対策の計算、計算ですので、数学の楽しさを教える時間など全く取れないのではないでしょうか…

文系の私が書くのもなんですが、昨今の数学教育は国立大医学部、理系の入試対策に明け暮れ、深みも広がりもないように感じます。どこにもつながらない袋小路の重箱の隅をつつくことに、10代後半の人生で一番よい時期を浪費しているのをみるのは忍びないです。


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自分なりに何本か記事を書いてきて、「こんなカリキュラムなら文系も数学を楽しんで学べるかもしれない…」と感じています。以下、遊び感覚で高校のカリキュラム案として書いてみます。数学とは「どこで何をするか」です。


1年次

前期:線型代数(まずは小高い丘に登って数学という街を眺める)

数直線と座標平面
  • 数直線上の足し算、引き算(ベクトルの連結)
  • 数直線上の掛け算、割り算(ベクトルの伸縮)
  • 実数平面上の足し算、引き算
  • 実数平面上の掛け算、割り算
  • 方眼紙にベクトルを描く

2×2行列によるベクトルへの働きかけ
  • 回転行列(三角定規の角度のみ)
  • 相関行列(相関係数は紹介のみ)
  • その他の2×2行列(0、±1を4要素に持つ行列)
  • 行列式(平行四辺形の倍率)
  • 方眼紙に行列による変換を描く

発展的な内容
  • 三角比(三角定規の角度のみ)
  • 三角定規以外の角度(分度器、ラジアン表記)
  • 直交座標と極座標(2とおりの表現法)
  • 方眼紙にコンパスで円を描く(実数平面↔︎複素平面)


後期:固有値(向きと強さへの二極分解)

相関行列の固有値
  • 相関行列の固有ベクトルと固有値
  • 固有値分解の意味(向きと強さ)
  • 固有値の和と積(トレースと行列式)
  • ケーリー=ハミルトンの定理
  • 方眼紙に固有ベクトルと固有値を描く

回転行列の固有値
  • 回転行列の固有ベクトル、固有値($e^{i\theta}$)
  • 逆回転($e^{-i\theta}$)
  • ド・モアブルの定理(加法定理、倍角公式)
  • 複素平面、テーラー展開(紹介だけ)

連立1次方程式への応用
  • 行列式の復習
  • 余因子と逆行列
  • 連立1次方程式(カーネル)
  • 解の不定と不能(掃き出し法、ランク、行列式=0)

発展的な内容
  • 可換と非可換(n×m行列の紹介だけ)
  • 内積(積和、直交条件、分散の導入)
  • 中線定理(内積=ノルム+中線定理)
  • コーシー=シュワルツの不等式(射影、$\cos\theta$、相関係数)



2年次

前期:集合論(「どこで」の話)

  • 閉じているとは
  • 自然数(足し算、掛け算)
  • 整数(引き算)
  • 有理数(割り算、分数)
  • 無理数(ルート、π、e)
  • 有理数から実数へ(カントール集合)
  • 複素数(マイナスの掛け算、$e^{i\pi}=i^2=-1$ )
  • 単位元、零元、逆元
  • 集合の和、差、積、補集合、排他的論理和
  • 最小、最大、上限、下限
  • 整列、順序、全順序、切片

発展的な内容
  • 実数の連続性・稠密性(デデキント切断)
  • 商集合(割り算の余りによるグループ分け)
  • 合同式と漸化式(乱数、暗号への応用紹介)
  • 2進数(コンピューターサイエンスの紹介)
  • 場合の数と確率(紹介だけ)


後期:写像と関数(「何をするか」の話)

写像
  • 定義域と値域
  • 単射、全射
  • 全単射、逆写像、恒等写像
  • 濃度

基礎的な関数
  • 1次関数と直線の対応
  • 2次関数と曲線の対応
  • 3次関数と曲線の対応
  • 方眼紙にグラフを描く
  • 2次関数の解の公式
  • 判別式(固有値再訪)
  • 係数と解の関係(ケーリー=ハミルトンの定理再訪)

発展的な関数
  • 指数関数、対数関数と曲線の対応
  • 三角関数と曲線の対応
  • 距離(三平方の定理、点と直線、射影再訪)
  • 円、楕円
  • 方眼紙に様々な関数を描く



3年次

前期:微分(解析の導入)

微分
  • $\pm\infty$ とは
  • 極限、収束、発散、振動
  • 連続、不連続
  • ε-n論法
  • ε-δ論法
  • 微分の公式
  • n次関数の微分
  • 指数関数の微分
  • ネイピア数を底とする指数関数の微分
  • ネイピア数を底とする対数関数の微分

発展的な内容
  • 積分(関数と横軸を挟む面積として)
  • 測度論(一様分布と正規分布を例に)


後期:プログラミング(学んだことを使えるように)

プログラミングの初歩
  • 簡単な計算
  • 簡単な描画
  • マクローリン展開、テイラー展開($e^{R(\theta)}$の展開)
  • プログラミングが扱える数(整数、float、double)
  • 記述統計(平均、分散、標準偏差、共分散、相関係数)
  • 二項分布、一様分布、正規分布
  • 主成分分析
  • 乱数

大学での学びに向けて
  • 推測統計の紹介
  • 深層学習、AI
  • 大学数学の地図


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このようなカリキュラムであれば、大学の学びへシームレスにつながります。大学受験が障害物ではなく、ロイター坂になります。(私は文系ですので、各分枝の右端の分野は名称を聞いたことがあるだけですが…)

・線型代数 → 大学レベルの線型代数 → 群論へ
・固有値 → 作用素、固有空間へ
         → ノルム空間 → バナッハ空間へ
     → 内積空間 → ヒルベルト空間へ
・集合論 → 大学レベルの集合論 → 位相へ
・写像、積分 → 測度論、ルベーグ積分、確率論へ
・関数、微分 → 解析、微分方程式へ
・記述統計、乱数 → 統計学、整数論、シミュレーションへ
・プログラミング → コンピューターサイエンスへ

「高校数学のどこまで戻ればいいかわかりません」と学生さんから聞かれても、現状のまぜこぜカリキュラムでは答えようがないです… 上表のように高校から大学へシームレスにつながるカリキュラムであれば、戻るべき場所をすぐ答えられます。

はじめに回転行列を学んでおけば、$i^2=-1$ も「90°回転を×2だから」と一目瞭然です。反対に、極限の概念を飛ばして微分の定義式を出されてもほとんどの生徒はわからないでしょうし、測度論を飛ばして積分や確率を導入するのもつらいです。不定積分、ガウス積分、ガンマ分布、各種収束、大数の法則、中心極限定理なしで推測統計というのも手順前後ではないでしょうか。


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コンピューター時代になって久しいので、あまり細かい計算にこだわらず、「これはこういう物語です」という概念説明のほうが親切だと思います。手を動かす際にも、計算だけでなく方眼紙やパソコンで描くことも取り入れると、より多くの人に興味を持ってもらえますし、深みや広がりを実感してもらえます。

高校生に度を超えた厳密性や抽象性、煩雑な計算を求めても詮ないです。細かい話はさておき、まず小高い丘に登り、「これまで暮らしてきた街はこんな構造になっているのか」「あの道とこの道はこのようにつながっているのか」「行きつけの店にいく近道が見つかった」などと数学という街の眺望を楽しむことで十分です。線型代数は大半の生徒が登れて、ある程度見晴らせる、ちょうどよい高さの丘だと思います。