※私は数学者ではありません。自分用のまとめとしてこれを書いています。楽しむ範囲でご覧いただければ幸いです。内容の正確性については専門家のサイトや動画、あるいは専門書で必ず確認をお願いします。
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「閉じている」について
「閉じている」という数学の用語があります。これは、ある集合から任意に取り出した要素に何らかの演算をほどこした結果も、もとの集合の要素であることを意味します。
たとえば、自然数$\mathbb{N}=\{1, 2, 3, …\}$は、足し算と掛け算で閉じています。自然数の集合から2と3を取り出し、足し算をすると
$$2+3=5$$
計算結果は5です。5は明らかに自然数です($5\in\mathbb{N}$)。自然数の集合から4と5を取り出し、掛け算をすると
$$4\times 5=20$$
計算結果は20です。20は明らかに自然数です($20\in\mathbb{N}$)。このように集合内の要素に演算をほどこした結果がもとの集合の要素であることを閉じているといいます。
有限加法性
有限個の和について閉じている集合の集まりを有限加法族といいます。フォーマルに表現すると、次の条件すべてを満たす集合族$\mathcal{F}$を有限加法族(finitely additive family)といいます。
- $\varnothing\in\mathcal{F}$
- $A\in\mathcal{F} \implies A^c\in\mathcal{F}$
- $\{\boldsymbol{A_j}\}_{j=1}^J\subset\mathcal{F} \implies \bigcup_{j=1}^{J}A_j\in\mathcal{F}$
前回例として挙げた$\mathcal{F}=\{\Omega, \varnothing, 表, 裏\}$は有限加法族です。まず、$\varnothing$が$\mathcal{F}$に属していますので、条件1を満たしています。つづいて、表の補集合である裏と$\varnothing$の補集合である$\Omega$がいずれも$\mathcal{F}$に属していますので、条件2を満たしています。さいごに、表と裏の和集合である{表, 裏}、すなわち$\Omega$も$\mathcal{F}$に属していますので、条件3を満たしています。よって、この例は有限加法族であることが確かめられました。
有限加法族上の測度を有限加法的測度といいます。有限加法的測度には次のような性質があります。$A, B$は$\mathcal{F}$の任意の要素とします。
- $0\leq m(A)\leq\infty$
- $m(\varnothing)=0$
- $A\cap B=\varnothing \implies m(A\cup B)=m(A)+m(B)$
性質3は、$\mathcal{F}$の任意の要素が互いに素であるとき、それらの和集合の測度は集合の測度の和に等しいことを表しています。これを有限加法性といいます。
用語は難しいのですが、コイントスの例を用いて説明すれば、表か裏が出る確率(=1)は、表が出る確率(0.5)と裏が出る確率(0.5)の和(=1)に等しいということです。サイコロを振って偶数の目が出る確率(0.5)は、2が出る確率(1/6)、4が出る確率(1/6)、6が出る確率(1/6)の和(=0.5)に等しいということです。
有限加法的測度は、確率が持つべき好ましい性質を持っています。
ホップの拡張定理
1回のコイントスや1回のサイコロ振りは、比較的単純な例です。より複雑な事象を分析するときには、有限個の要素からなる有限加法族を、可算無限個の要素からなる完全加法族(σ加法族)に拡張しておくと便利です。この拡張をしたのがホップ(E.F.F. Hopf:1902-1983)という人です。
彼が示したのは、有限加法的測度 $m$ が完全加法的であれば、$m$ を完全加法的測度 $\mu$ に拡張できる。
という定理です。現段階では、ある条件を満たせば、慣れ親しんだコイントスやサイコロ振りの考えを、複雑な事象の分析にそのまま適用できるという理解で十分だと思います。ホップの拡張定理をふまえると、$F$を実数として、その加法族上の確率を考えられるようになります。
この定理の詳細はとても難しいので、現段階ではこれだけにします。理解が深まりましたら、適宜加筆したいと思います。(伊藤清三『ルベーグ積分入門』pp.51-53、伊藤清『確率論の基礎』pp.50-54を参照。)
完全加法性
可算無限個の和について閉じている集合の集まりを完全加法族といいます。フォーマルに表現すると、次の条件すべてを満たす集合族(集合の集まり)$\mathcal{F}$を完全加法族(σ加法族:completely additive family, σ-field)といいます。(伊藤清三『ルベーグ積分入門』pp.29-30を参照。ただし、伊藤清『確率論の基礎』pp.1-2では、条件1は空集合ではなく全体集合となっている。空集合が$\mathcal{F}$に含まれることは、余事象の条件から導かれている。)
- $\varnothing\in\mathcal{F}$
- $A\in\mathcal{F} \implies A^c\in\mathcal{F}$
- $\{\boldsymbol{A}_j\}\subset\mathcal{F} \implies \bigcup_{j=1}^{\infty}A_j\in\mathcal{F}$
この完全加法族上の測度を完全加法的測度といいます(伊藤清『確率論の基礎』pp.2-3)。完全加法的測度 $\mu$は次の性質を満たします。$A$と $A_j, A_k, j\neq k$は$\mathcal{F}$の任意の要素とします。
- $0\leq \mu(A)\leq\infty$
- $\mu(\varnothing)=0$
- $A_j\cap A_k=\varnothing \implies \mu(\sum_{j=1}^{\infty}A_j)=\sum_{j=1}^{\infty}\mu(A_j)$
このように拡張された完全加法的測度を用いれば、正規分布のように、実数全体に定義域が広がる分布の確率も測れるようになります。
測度の完備化
ここまでで、確率測度を完全に定義できたように思えますが、あともう一歩が必要です。それが零集合を組み込む作業です。これまで、$\mathcal{F}$の要素としての零集合を気にしてきませんでした。ここでは零集合を含む完全加法族を考えます。すなわち
$$\mathcal{F}^*=\mathcal{F}\cup N$$
ここで$N$は零集合です。零集合とは、もとの集合の要素のうち、分析の考慮外とする要素の集まりのことです。つりがね状の形をした標準正規分布を例にすると、この分布から任意に取り出した1点、0とか0.1とか $\sqrt{2}$、の確率は0です。なぜかというと点の測度(長さ)は0だからです。実数上には無数の点がひしめいています。それらの測度はすべて0ですので、それらすべては零集合の要素になります。零集合にはこうしたややこしいものすべてを吸い込む魔力があります。
伊藤清『確率論の基礎』pp.10-11では、サイコロの例が紹介され、実数全体から特定の数字を除いた、とてつもなく大きな集合を零集合としています。零集合は、はじめて学ぶ私たちには窺い知れない何かのようです。測度空間の完備化について、フォーマルな説明は伊藤清三『ルベーグ積分入門』pp.43-48を参照してください。
標準正規分布のグラフをみると、0とか0.1とか$\sqrt{2}$のところは横軸上の線にならず、0より大きい曲線上の値をとっています。「それなのに測度0なのはおかしい」と思われるかもしれません。これは、ルベーグ積分の記事で説明していますが、関数を単関数近似してできる短冊の縦の長さ(確率論の文脈では確率密度)は確かに0ではなく正の値を持ちますが、横の長さが測度0であるため、掛け算をした結果が0になることを意味します。つまり
$$短冊の縦の長さ\times 0(横の長さ:零集合の測度)=0$$
横の長さが0なので、縦の長さ(確率密度)がどんな正の値をとっても掛け算の結果は0になります。横の長さが点ではなく、わずかでも長さを持つ線分になると、測度は正の値をとります。よって掛け算の結果も正の値をとります。短冊の横を、点でも線分でも直線でも、もとの集合$\Omega$の要素であれば、なんでも評価できるようにする作業を完備化といいます。
もうひとつ、$-\infty$と$+\infty$の測度も0とすることで、実数と$\pm\infty$をベースとした完全加法族についても測度を測ることができるようになります。
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零集合を含まない$\{\Omega, \mathcal{F}, \mu\}$の$\mu$を、完備でないボレル集合族上のルベーグ測度、零集合を含む$\{\Omega, \mathcal{F}^*, P\}$の$P$を、ルベーグ可測集合族上のルベーグ測度といいます。(原啓介『測度・確率・ルベーグ積分』講談社, 2018, p.29)
有限加法的測度から完全加法的測度へ、完全加法的測度からルベーグ測度へと少しずつ拡張することによって確率を議論する土壌が整いました。